お子様に何を学ばせたら将来のためになるのでしょうか?
コンピューターや人工知能の成功で「優秀」の意味が、どんどん変わってきています。
そんな中で、最近よく耳にするキーワードがあります。
「モチベーション格差」
これからは、お子様のモチベーションが、お子様自身の将来を決めるというのです。
いったい、どういうことでしょうか?
Contents
「モチベーション格差」とは?
これまで多くの人は、豊かになるために、こう考えてきました。
大企業に就職したければ、良い大学を出る必要があります。
そのために塾や予備校に通わせるだけの、親の資金力が必要です。
起業しようとすれば、まず、多額の資金が必要です。
しかし、資金を借りるには、担保となる財産を最初から持っている必要があります。
要するに、お金持ちの方が、よりお金持ちになりやすい仕組みです。
「格差」と言えば「物やお金が、必要な人に行き渡らない」ことだと思いがちですが、
正確には、財産を持っていない人が、その状態から抜け出せないことを言います。
しかし、今後はそうとも限りません。
お金が無くても成功できるようになるそうです。
「こういう活動をしたい!」
「こういう製品を作って広めたい!」
という強いモチベーションを持っている人には、お金や物が集まるようになるからです。
最初から持っている必要はないというのです。
つまり豊かさの差は、モチベーションの差によって生まれる。
これがモチベーション格差です。
お金が無くても成功した事例
例えば、ユーチューバー。
憧れる人も多いでしょう。
彼らは目立つことに成功し、何だか楽しそうです。
成功している今では、十分なお金や物を持っている様に見えます。
成功のポイントは3つあります。
- 始めるのに多額の資金や大きな組織は必要なかった
- クオリティの高い動画を作るだけの才能がある
- 動画を配信し続けるモチベーションが高い
他にも、同人誌やゲーム、ライトノベル、セミナー、
あるいはクラウドファンディングなど、
同じように成功した事例や、成功できる仕組みが多く出てきています。
パソコンとインターネットは必要ですが、多額の資金までは必ずしも必要ありません。
しかも多くの知識やノウハウが、インターネット上で簡単に手に入ります。
ただし、良く見ると1つ大きな難点があります。
上の2番目の「才能」です。
これは高いハードルに思えますが、実はそうとも限りません。
才能すら不要になる!?
これからは才能すら成功の条件で無くなりつつあります。
才能が無くても、2つの解決策があるからです。
- できる人と組めばよい(自分ができなくてもよい)
- アプリや人工知能を活用すればよい
こうした解決策も、工夫すれば、ほとんどお金をかけずに実現できます。
そして、ここ数年のアプリや人工知能の躍進で、人と組む必要すらなくなってきました。
お金も才能も人脈も必要ない。
つまり、身ひとつだけあれば、あとは
「モチベーション」の高さ
だけが成功のカギになる、という事です。
それが本当ならば、
生まれつきの富や才能に関係なく、
誰にでも成功するチャンスが巡ってきそうです。
ここ数年、どうやら本当にそうなるだろうと予想する知識人が増えてきたのです。
苦手が欠点にならない
ここで、ことの本質を整理すると、こうです。
- 天賦の才能は必ずしも必要でない
- 苦手や欠点を克服する必要がない
今まで私たちが持っていた「優秀な人」のイメージは、
何でもそつなくこなす人
欠点の無い人
のことでした。
実際に今のところ、通知表の最上級はオール5です。
公務員のエリート官僚は、偏差値の高い人たちばかりです。
つまり、
「努力」=「欠点を克服すること」
でした。
だから努力には辛くて厳しいイメージがあったのです。
ところが、これからの時代は違います。
「努力」=「人から求められる得意分野を磨く」
です。
自分の欠点は「他人の得意」で補えばよいのです。
逆に、自分は
他人から「一緒にやろう」と言ってもらえるだけの何か
を持っている必要があります。
欠点にくよくよする暇があったら、
得意を伸ばせ!
好きなことに没頭しろ!
というのが、教育の方向性、あるは社会的な美徳になっていくでしょう。
好きなことに没頭しよう
私たちは、ついつい自分の「欠点」や「苦手」に目が行ってしまいますが、
これからは「好きなこと」や「得意」に目を向けましょう。
苦手を克服するよりも、得意を伸ばすことに、より多くの時間と体力を傾けましょう。
もちろん、その過程で苦手なことが、どうしても壁になることがあります。
そしたらその時に、必要最低限の努力をして苦手を回避しましょう。
何もない人はモチベーションのプロになろう
好きなことや得意なことが、どうしても見つからない!
そんな人も、中にはいます。
そういう人は、モチベーションのプロになりましょう。
たくさん情報を集めて、世の中や組織のニーズをつかみましょう。
そして、集めた情報の中から、
「これがあったら面白い」
「カッコイイ」
「売れそうだから広めよう」
みたいなものを見つけましょう。
もっと情報を集めて、確信を持てるまで分析しましょう。
そして確信を得たならば、宣言してモチベーションをアピールするのです。
必ずしも崇高な動機など必要ありません。
楽しそうだからやる、儲けたいからやる、私利私欲でやる・・・何でもOKです。
それが良いか悪いかの評判も含めて、競争原理が働くからです。
「モチベーション格差」ならモチベーションのプロもいる、という事です。
そして情報を集めたり組織を動かすノウハウは、多くの場合、知識として学ぶことができます。
夢が無くても、モチベーションのプロになる道はあります。
「ちょとした能力」が少しずつは必要
先に述べたように「好きなこと」や「得意」を伸ばす過程で、
苦手を回避するための必要最低限の努力は必要になります。
また自分の欠点や苦手を他人や人工知能で補うためには、
他人の能力や人工知能の性能を見分けるくらいの能力は必要です。
つまり苦手なことにも少しはチャレンジした経験が必要です。
コンピューターを使いこなす能力もいるでしょう。
何より、いくらモチベーションが高くても、
それを人に伝える手段を使いこなせる能力が無ければ、
活躍のしようがありません。
才能までは不要ですが「ちょっとした能力」くらいは、
けっこう色々と勉強や経験で鍛える必要があります。
これからの学習塾とは
教育の世界こそ、モチベーション格差はすでに始まろうとしています。
2020年の教育改革で「アクティブラーニング」が導入されます。
つまり生徒自身が主体的に学ぶ授業の進め方に変わっていきます。
主体的でない生徒は、おそらく置いていかれるでしょう。
もちろん全科目で主体的である必要はありません。
オール5を最上級とする教育は、すでに時代遅れです。
何が最上級なのかは、生徒それぞれに、さまざまに決まります。
科目や単元によっては、置いていかれることがあってもOKです。
何かで主体的に活動できれば良いと思います。
何で活躍できるかは生徒ひとりひとりバラバラでかまいません。
生徒にとっての成功を認識できる塾かどうか
学習塾も同じように、
生徒ひとりひとりに教える内容もレベルもバラバラになります。
これって個別指導塾が今までやってきたことです。
そして進学実績をアピールする方法も変わるでしょう。
現状では、多くの塾や予備校が、
偏差値の高い学校への進学ばかりアピールしています。
しかし、これからは
「○○が得意な子は、○○へ進学! 塾では○○をサポート!」
というのも立派なアピールになるでしょう。
これって私たちヒーローズ植田一本松校と赤池校が、
毎年、生徒全員分の進路先を公表してきたことと同じですよね。
偏差値の低い学校や専門学校を掲載していない塾や予備校。
集団塾は、ほとんどそうでした。
今後も「オール5教育」の路線を極めるのか、
「得意」を伸ばす教育に変更していくのか、
その岐路に立っていると言えます。
もちろん今後も「オール5教育」は必要です。
頭の良い人が官僚になってくれた方が日本の行政はよく回ります。
また学者には学者の頭が必要です。
ただ全員が目指すものではなくなったという事です。
選択肢が増えて多様化するということです。
補講と発展のバランス
とはいえ、オール1は避けたいものです。
多くの分野で「ちょっとした能力」は必要だからです。
色々なことが「ちょっとはできる」という中途半端さでも、十分に役立ちます。
例えば、漢字の読み書きはどうなるでしょうか。
コンピューターを使えば、書けなくても読めれば困らなくなります。
ですから漢字が苦手でも「読んで意味が分かる能力」までは学ぶ必要があります。
漢字の書き取りが苦手な場合、0点は困りますが、
読み取りで〇をもらえて30点くらいは取れる必要があります。
つまり、漢字の「ちょっとした能力」は「書けないけど読める」というレベルです。
その生徒にとって、
何の科目が「ちょっとした能力」までの補講が必要なのか、
何の科目が発展まで必要なのか。
もう、これまでのような単純な二択
- 偏差値の高い学校を目指す
- 部活で活躍してスポーツ推薦を目指す
だけではありません。
より細かく「生徒にとっての成功」を認識した上での指導が、もっともっと必要になるでしょう。
他人から必要とされる能力
上記のように、学校の勉強や成績については、
補講と発展のバランスを取りながら指導することが必要になってきます。
塾の役割として、他にも何かあるでしょうか。
私は色々あると思います。
中でも政府は今後、
「コンピューターを使いこなす能力」
が100万人規模で必要とされるだろうと予測しています。
プログラミングを生徒に教えれば、
それが他人から必要とされる能力になるだろうと思いました。
もともと私はプログラミングが得意だったので、
それを発展させて塾でも「プログラミング教育」を提供しています。
他にも、社会から必要とされる能力が、まだまだあるでしょう。
あくまでプログラミングは塾ができる事の1つの例です。
今後、芸術やスポーツの分野でも、
生徒の「得意」や「好き」を伸ばせるコンテンツが出てくるでしょう。
最後に
ヒーローズ植田一本松校と赤池校では
「勉強」=「『できない』を『できる』に変えること」
と定義しています。
科目の名前は時代によって変わるでしょうが、
勉強する行動そのものは時代が変わっても続くでしょう。
勉強こそ人間らしい活動だと私は思います。
知識だけなら、インターネットで多くが無料で手に入ります。
しかし、それは『知る』状態に過ぎず『できる』にはなっていません。
その知識を使って訓練し「できる」状態にするのが本当の勉強です。
そして大切なのは、どこまで「できる」必要があるのかです。
今までは苦手を克服する訓練に多くの時間を費やしてきました。
今後は「好きなこと」や「得意なこと」の「できる」を増やすことに、
より多くの時間を費やして良いと思います。
そして何らかのモチベーションを育てていってほしいです。
つまり、勉強しながら「好きなこと」や「得意なこと」を
社会に向けて、どのように発信していくかを考えていきましょう。
ただしオール1は避けましょう。
私たちの教室は、今、生徒の目の前にある勉強はもちろん、
そうした未来も見据えた勉強にも、取り組んでいます。