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読解問題

【教育再考】読解問題や文法問題の難問ってホントに必要?

読解力どこまで必要?

塾長です。

今年もよろしくお願いします。

2021年といえば今世紀が始まってから満20年です。21世紀の5分の1が過ぎました。
中学生の頃に読んだ科学雑誌によれば「宇宙旅行に誰でも行ける時代」になっているはずです。

ところが実際には、そこまで世の中は発展していません。
教育環境1つ見ても、プログラミング教育はおろか、端末を使うか使わないかで、まだ現場が揉めているレベルです。
いまだに古くさい環境や価値観を前提に教育論が語られています。

「未来に生きる生徒たちを、古臭い価値観でムダに消耗させないで欲しい」

今回はそんな疑問の投げかけです。
ちょっと先の将来に向けたお話なので、現役の中高生はまだ見ないでください。

大変そうなので国語に的を絞ります。

読解問題の難問は実用性ゼロ?

大学受験のレベルになると、それはそれは解読が難しい文章が出題されることがあります。
中には1つの段落がまるまる1文という強敵もいます。

そんな難解な文章でも、よく読めば解答できるし、解説を見れば納得できます。
個人的には、緻密に編み込まれた理路整然とした文章を読むのは好きです。

ただ、その種の問題が解けたからといって、何なのでしょう。
シューティングゲームをクリアした程度にしか満足できないです。

それよりも大きな大きな違和感の方が、ずっと心に残ってしまうんですよね。

このレベルの文章の解釈って、本当に役に立つの?

このような難問を解けるような能力を手に入れたとして、
それで生徒たちの能力が社会的な活動に発展していくのでしょうか?

そのような未来が見えてこないんですよね。

例えば、ブログを書いてその反響を観察したり、アクセス数の多い人のブログを読んで関心したりしていると、思うんですよね。

難解な文章なんて、誰も読まないなぁ・・・
読みにくい文章なんて、存在する価値がないなぁ・・・

って。

また、ネット上では文章の解釈ミスが原因で、意図しない意味で拡散されたり炎上したりすることがありますよね。
もっと身近に見れば、自分の投稿に対して文脈と無関係に絡まれたり、一方的な解釈で不満を言われたりすることって、ありますよね。

そういう現実の世界をたくさん見たり経験したりしてくると、こう思うんですよ。

分かりにくい文章を書く方が悪い・・・

って。

私の文章は長くて理屈っぽいものだから、無料で公開しているようなブログにも、文句をコメントしてくる人がいます。

長い、分かりにくい、理屈っぽい・・・

そういうお叱りを受けます。

現代文のハイレベルな読解問題。
きっとエライ人が書いた文章なのかもしれないけれど、世間でどれくらい読まれている文章なのでしょうか。
ぶっちゃけ、入試問題を作るためだけに存在しているような文章ですよね。

社会的には、そういう難解な文章って存在価値が無いんじゃないでしょうか。
本当に内容に価値があるというのなら、同じ内容で、もっと分かりやすく書けばよいじゃないですか。

個人的には、理路整然と編み込まれた文章を読むのは好きですよ。
でも、それは私個人の好みでしかなくて、教育基盤として無理強いするような読み方ではないと思ってくるわけです。

で、そんな文章を読む訓練を一生懸命させても、なんだか不毛だなぁという気がしてくるのです。

分かりやすい文章を書く。
分かりやすい文章をスピーディーに読む。

そういう訓練の方が実社会では価値が高いと思うんです。

国語の偏差値が高いほど「国語力がない」と思われてしまうリスク

これに反論する人がいたら、じゃぁ、試しに、こうしてください。

お客様に見せる提案書や、役員報告の資料。
あるいはブログでもよいです。

そのような資料を同じような文章で、ぜひ作ってみてください。
入試問題に引用されるような緻密で理路整然とした文章で。
論理的に正しくて緻密な文章で、読めば読むほど解釈が厳密にできる。

そんな難解な文章です。

ちゃんと仕事の要件を網羅していて、内容は論理的に正しく、隙がありません。
必要なことは全て書いてあります。
ちゃんと読めば、ちゃんと分かるはずです。

そういう文章で書いてみてください。

きっとレビューの段階で

「分かりにくい、書き直せ!」

って言われますよね。

せっかく大学受験で鍛えた緻密な読解力。
社会に出てから、その能力を使えば使うほど怒られてしまうワケです。

そして、歯切れの良い短い文で、情報を小分けにして、分かりやすく書き直すわけです。
社会人になってから、あらためて実用的な国語力を指導されちゃうわけです。

おまえ、国語力ねぇな!

ってね。

きっとエライ人の文章は、周りの人が「書き直せ」って言ってくれなかったんですよ。

難しくし過ぎれば文化の多様性に対応できなくなる

特に小説や随筆についての難問は、本当に悩ましいです。
どうしても感情の読み取りに

「普通はこう考えるよね」

という個人の主観が根拠になるからです。
そして「普通」とは、どういう人たちの何パーセントが同じように考えれば普通なのか、定義できません。

もちろん大枠としては、人によって解釈が分かれるような問題は出されないことになっています。

ところが、記号選択の問題になると、このルールが破られてしまいます。
選択形式の場合は「消去法」というワザで答えを絞り込めるからです。

「その選択肢が正しいことを説明しきれないけれども、消去法で、他の選択肢に比べれば最もベターだ」

という

「選び方」

を正答の根拠にしてしまう手法です。
この解答法を論拠として許しているので、かなり際どい主観ぎりぎりの模範解答も存在してしまうワケです。

まず率直な疑問として、

消去法というワザを前提にした出題が、本当に国語力を測る問題なのか?

というのがあります。
国語力ではなくて、受験力?、空気を読む力?、そんな印象を持ってしまうからです。

次に、主観ぎりぎりの解答を模範として示すのは、

文化の押し付けではないのか?

という疑問にもつながります。
読み手の国籍や文化や感情表現の方式によって、同じ文章でも、感情の読み取り方は変わります。

感情の読み取りをどう解釈したかは、感想文でも書かせて、それこそ芸術的に評価すればよいのではないでしょうか。

難問を解くために「これは消去法でしか解けないよ」みたいな判別能力を鍛えるために、学生生活の時間を消耗してしまうのは、もったいないですよね。

古典の原文を読ませる意味はあるのか?

続いて、古典の読解力を現代の全ての中高生に訓練させる必要があるのか否かについて考えてみます。

いや、その必要性は無いです。
即答ですみません。

理由は次の通り明白です。

  • 主語と述語の対応が取れていないなど文法的に不完全な文が多くて目に毒
  • 日本の文化を伝承するなら現代語訳を読んだ方がむしろ誤解が少ない
  • 好きな人だけが研究して現代語訳や解説書を作ってくれれば、社会全体としては十分にありがたい

教育改革のたびに教科書が分厚くなるので、そろそろ何かの単元を削ることも必要です。
となれば古典が最初に削除対象となるでしょう。

もちろん古典を研究することは日本国としては大切です。
しかし大部分の人は、その恩恵を現代語訳という形で享受すべきです。

教科書で紹介程度に掲載するのは賛成です。
しかし、それを出題して成績に反映させたり、ましてや入試の合否判定に使うなどは大いに疑問です。

大学に入った後で、必要な人たちだけがやればよいことです。

逆に聞きたいのですが、現代人が古典的な表現や古典文法を使って積極的に表現している世界って、あるんですかね?

あったとして、それが英語や手話や点字のように、一定の社会的なコミュニケーション手段として、ちゃんと浸透している集団があるんですかね?

古典の原文を読解できなえければ、日本の文化が学べないんですかね?

どれも無いですよね。

教科書の中で紹介したり、夏休みの自由研究に指定したりするのは良いと思います。
しかし中高生の試験対象にしたり、古典が成績や合否に影響してしまうのは、やり過ぎです。

文法問題の難問は実用性ゼロ?

中学や高校では、国文法の難問奇問を目にします。
一方で、入試にはサッパリ出題されません。

入試問題は一般公開されるので世間の厳しい目にさらされます。
文法問題なんてものを入試レベルの難易度で出題してしまった日には、

「こんな細かい問題を出す意味あるの?」

という非難や炎上にさらされてしまうでしょう。
容易に想像できます。

それでは逆に、どの程度まで学ばせて、どの程度までテストに出題すべきでしょうか。

文法をどこまで学ぶべきか

まず簡単な作文をするにしたって、主語、述語、修飾語、接続語(つなぎ言葉)の区別は必要です。
そして、情報伝達を漏れなく行うためには「修飾語」の部分をもう少し細分化できた方が良いです。
つまり、5W1Hの区別までは必要だと思います。

いつ、どこで、どんなふうに、どれくらい

という言葉の区別です。

実際、小学生の国語の教科書は、小3~小6まで、これについて繰り返し学習するようになっています。
とても良いと思います。

問題は、中学生になってからです。
この小学生の文法が、まだ不完全な生徒が多いのです。

にもかかわらず、中学生は分厚い文法問題集を渡されます。
なぜ分厚くなるかと言えば、品詞の全種類が細かく紹介され、その細かい見分け方をいちいち訓練するからです。

これが「ちょっとやり過ぎ」だと塾長は考えています。

では逆に、品詞の分類をどこまで教える必要があるのでしょうか?

私は

「文章の読み書きが正確にできる程度」
「英語と日本語の語順の違いを説明できる程度」

で良いと思っています。

もうすこし具体的に考えてみましょう。

名詞の種類を暗記する必要はあるか?

名詞は色々な役割の言葉に成れるので重要です。
なんといっても主語に成れます。

また、質問に対する受け答え方にも関わってくるため、どの言葉が名詞なのかを判別できるようにしておくことが大切です。
さらに英語との比較をするなどのために、名詞の中でも代名詞を他の名詞と区別できた方が良いでしょう。

一方で、名詞の全ての種類を覚えさえたり、その区別が正確にできるかどうかをテストしたりするのは、やり過ぎだと思います。
普通名詞、代名詞、数詞・・・など名詞が更に細かく分類される話は、紹介程度で十分でしょう。

形容動詞と形容詞を区別する必要はあるか?

これはグレーだと思います。説明に困ったら

「実は活用の形で2種類に分けられるんだけどね、まぁ細かいことは覚えなくていいよ。」

くらいでよいです。

両者の区別を厳密にさせることよりも、述語として機能することや名詞を修飾できることなど、色々な事例を見せた方が外国語を学ぶときに有利です。

しかし現状では、「名詞+だ」と「形容動詞」を判別するために、「~なもの」に続くか否かで判別するというテクニックを暗記させたりします。
そして判別できるかどうかをテストします。
これはやり過ぎだと思います。

接続詞を区別する必要があるか?

これは論理的思考と密接にかかわることなので、学ぶ必要があるでしょう。
文脈を作るためには必須です。

穴抜きに当てはまる接続詞を書かせたり選択させたりする問題を出すのも、やむを得ないでしょう。

ただし「順接」「逆接」「並立・累加」・・・という分類用語を覚えさせたり漢字で書かせたりするテストは、やり過ぎです。
この種の分類は、選択問題までが妥当でしょう。

助詞と助動詞を区別する必要はあるか?

これもグレーだと思います。
自立語の接着剤のようなものとして紹介すれば十分です。
その説明に困ったら

「実は活用する、しないなどで2種類に分けられるんだけどね、まぁ細かいことは覚えなくていいよ。」

くらいでよいです。

もちろん、わざわざ助詞を格助詞、接続助詞、副助詞などに分け、それぞれを暗記さえたり、細かい判別について出題したりするのはやり過ぎです。

しかし現状は、例えば助詞の区別を問われる問題を解くために、助詞を格助詞、接続助詞、副助詞ごとに全て暗記しなければいけない状況です。

意味だけでは説明がつかないからです。
例えば「が」は格助詞で「は」は副助詞です。
なぜ違う分類なのかの説明は、趣味レベルの話です。

こうした理不尽な問題を解くために、例えば格助詞を「部屋の戸から鬼が出より」という語呂合わせで覚えたりしますよね。
これはやり過ぎだと思います。

副詞を覚える必要があるか?

副詞が主に述語を修飾する言葉だというのは学ぶ必要があるでしょう。
英語の副詞を理解する上でも必須です。

日本語の構造を深く理解するために、例えば副詞が名詞を修飾してしまうことがあるなど、いくつかの例外を確かめるのも良いと思います。

しかし、さらに細かく「状態」「程度」「陳述」に分類させるような問題はやり過ぎです。
副詞の役割を説明する上で、副詞は3種類あるという事実を紹介するのは良いですが、わざわざその3種類を正確に分類できる能力を試す必要性はないです。

連体詞を覚える必要はあるか?

小学校で「こそあど言葉」を習うので、その正体として説明するのはありでしょう。
また、こそあど言葉以外のも同じような言葉の仲間が存在する、という事実も、言葉の構造を学ぶ視線としては大切です。

ただし、連体詞も暗記する必要はないと思います。

しかし現状は、問題を解くために連体詞を全て暗記しなければいけない状況です。
連体詞と形容動詞の見分け方も暗記しなければいけない状況です。

これはやり過ぎだと思います。

活用を覚えさせる必要はあるか?

言葉と言葉のつながり方を学ぶ上で、活用を確かめることは大切です。

活用表を埋めながら、活用の仕方を網羅的に観察することは大切な作業だと思います。
テストで活用表の穴埋めをさせるのも1つの手だと思います。

ただし活用表の形式まで暗記さえるのはやり過ぎです。
「五段活用」「サ行変格活用」などの活用の分類名を暗記させれることも、やり過ぎです。違いを説明するために紹介するのは良いですが、暗記までは不要です。

しかし実際には、例えば動詞の活用の問題を対策するために、未然形は「う、よう」に、連用形は「ます、た、て」に続く形、終止形は「。」に続く形・・・などという活用表のつくり方の知識まで丸暗記しなければ、活用表を埋める問題が解けない出題形式になっています。
活用の名前まで穴埋めさせています。
これらは、やり過ぎです。

活用表のつくり方は問題文に解説を載せたうえで、活用表を埋めさせる出題にすべきでしょう。

文法問題についてまとめ

このように文法問題について具体的に学習の必要性を見てきました。
ここで挙げた基準よりも難しい出題は、実用的な観点では「やり過ぎ」だと思います。

そして中学で既に国文法の十分条件を満たしてしまうので、高校でそれ以上細かい分類をしても仕方がないと思います。

むしろ中学までの知識を生かして、高校では作文や小論文などのアウトプット力を鍛えた方が良いと思います。
その方が文法の些末な知識を増やすよりも、よっぽど早く言葉の厳密な使い方が身に着くでしょう。

国語の全体について

今後も難解な文章を読解させる必要性はどこにあるのでしょうか?

文章が情報や意思の記録や伝達を担う限り、誤解のない記載方法が追及されるべきです。
学校の勉強も、むしろ難解な文章を悪い例として、それを分かりやすく書くように教えるべきだと思います。

すると時代とともに、分かりにくい文章は減っていく方向にあるはずです。
また文章を書く側も、できるだけ分かりやすく読みやすい文章を書くように心がけるべきでしょう。

そうしなければ、社会人になってから難解な文章を使ってしまい

「誰も読まない」
「国語力がない」

などとお叱りを受けてしまいます。

このように難解な文章を排除していくように社会が動いている以上、学校の勉強もそれに応じるべきだと思います。

そう考えると、21世紀になって、いまだに難解な文章の解読が必要なのは、社会システムがそれだけ未熟だからだと言えます。

例えば、法学部に進むなら、難しい文章の読解能力が必要だと言われます。
しかし、それも法曹のシステムが未熟だからと言えます。

なぜなら、法文の解釈が難しいなら、その解釈がより明確になるように、論理学や数学で使われる形式言語を導入したり、図表を並記する方法を開発したりすべきでした。
それを怠ってきたがゆえに、何でもかんでも文章だけで無理やり表現してきているので、難解な文になっているのです。
特許の申請には図表の添付が許されているように、法文の登録にも図表の添付や形式言語で解釈が一意になるような記載を許した方が良いでしょう。

このように国語の表現は、文字列だけにとどまらなくなります。

実際、教育改革により、読解力の中の1つとして「色々な資料を読み解く」ことが求められるようになりました。
この「色々な資料」とは、ポスターやチラシ、議事録や法文のほか、表やグラフなども含まれます。

つまり「読解力」のあるべき姿として、文字列だけに頼らない表現形態が教育に導入されて来たのです。
そして、コンピューターの発達で、図表たっぷりの文章を簡単に作れるようになりました。
今や写真や動画も文章中に貼り付けることができます。

逆に言えば、文字列だけで表現するから難解な文章が誕生してしまうのです。
他の手段があるのに文章だけで無理くり表現してしまえば、むしろ伝わらないし誰にも読まれません。
今後そのような文章は排除され、色々な資料を併記する形態に代わっていくでしょう。

難解な文章の排除は、もう始まっています。

塾長も読みやすいブログが書けるように日々精進です。

失礼しました。

 


進学実績

卒塾生(進路が確定するまで在籍していた生徒)が入学した学校の一覧です。
ちなみに合格実績だけであれば更に多岐・多数にわたりますが、当塾の理念に反するので生徒が入学しなかった学校名は公開しておりません。

国公立大学

名古屋大学、千葉大学、滋賀大学、愛知県立大学、鹿児島大学

私立大学

中央大学、南山大学、名城大学、中京大学、中部大学、愛知淑徳大学、椙山女学園大学、愛知大学、愛知学院大学、愛知東邦大学、同朋大学、帝京大学、藤田保健衛生大学、日本福祉大学

公立高校

菊里高校、名東高校、昭和高校、松陰高校、天白高校、名古屋西高校、熱田高校、緑高校、日進西高校、豊明高校、東郷高校、山田高校、鳴海高校、三好高校、惟信高校、日進高校、守山高校、愛知総合工科高校、愛知商業高校、名古屋商業高校、若宮商業高校、名古屋市工芸高校、桜台高校、名南工業高校

私立高校

中京大中京高校、愛工大名電高校、星城高校、東邦高校、桜花学園高校、東海学園高校、名経高蔵高校、栄徳高校、名古屋女子高校、中部第一高校、名古屋大谷高校、至学館高校、聖カピタニオ高校、享栄高校、菊華高校、黎明高校、愛知みずほ高校、豊田大谷高校、杜若高校、大同高校、愛産大工業高校、愛知工業高校、名古屋工業高校、黎明高校、岡崎城西高校、大垣日大高校

(番外編)学年1位または成績優秀者を輩出した高校

天白高校、日進西高校、愛工大名電高校、名古屋大谷高校

※ 成績優秀者・・・成績が学年トップクラスで、なおかつ卒業生代表などに選ばれた生徒

 


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個別指導ヒーローズ 植田一本松校
〒468-0009
名古屋市天白区元植田1-202 金光ビル2F
TEL:052-893-9759
教室の様子(360度カメラ) http://urx.blue/HCgL

なぜ添削指導が読解力や記述力を伸ばすのか

高校英語の添削指導例の写真

長文問題が苦手です。
考えて書く問題が苦手です。

困っている学生が多い一方で、もっとも鍛えるのが難しい。
それが読解力と記述力です。

愛知県の公立高校入試では、国語の50文字要約をはじめ、理科、社会の記述問題があります。
また理科や社会は問題文そのものが長文で、読解力が無いと問題文の意味すらつかめません。

国公立大学を目指す生徒は、2次試験の記述力が必須です。
名古屋大学の理学部は、理系なのに2次試験で国語があります。

ヒーローズ植田一本松には、難関受験を目指す生徒のために添削指導があります。
半年~1年の指導で、最後までついてきた生徒は第一志望に合格します。

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