進路希望調査書!
中学3年生なら、そろそろ提出した頃だと思います。
どうやって志望校を決めたらよいか、分からない!!
そして案の定、
志望校がおかしなことになっている!?
という生徒が、けっこう出てきます。
「高校なんて、まだよく知らない。」
「引っ越してきたばかりなので、まだ分からない。」
まだまだ情報不足でしょう。
わかります、わかります。
ところが、違うんです。意外なんです。
志望校がおかしくなる理由。
情報不足ではないんです。
何だと思います?
志望校がおかしくなる理由。
それは、保護者や学校の先生、友人、もちろん塾の先生などの「目」です。
勉強の実力、勉強の量、価値観・・・三者三様にいろいろ言われる中での見栄の張り方。
一学期から守りに入るな!
え、「見栄」!?
そう、「見栄を張る」の「見栄」です。
見栄を張ったり、人目を気にしたりして、志望校がおかしなことになっています。
まだ親にも学校にも言ってないんですけど、本当は「天白高校」って書きたいんです。
でも今の成績じゃ無理じゃないですか。
絶対に「お前じゃ無理だ」とか馬鹿にされるに決まってます。
それに、もしも落ちたら「ほらね」ってなるじゃないですか。
だったら今は安全な志望校を書いておいた方が良いですよね。
成績が上がるまでは本当のことを書けないです。
もしも成績が上がったら直前で志望を上げれば「すごい」ってなるじゃないですか。
その方が失敗しないですよね。
きっと本当に色々と考えて、こうなったのだと思います。
「無理だ」などと馬鹿にされず、最終的に「すごい」と言ってもらえるような策を練っています。
本人の気持ちや立場なりに、見栄を張らなければならない現実が、きっとあるのでしょう。
でも、なんだか、涙が出てきてしまいます。
中学生の内は、まっすぐに努力して欲しいと思います。
妥協せずに努力することが人としての基本であって欲しいです。
義務教育ですから、ちゃんと基本をやりましょう。
なぜ、それが素直にできないのでしょうか。
実は決めていたのに邪魔が入る
生徒は本音のところでは結論を出しています。
見栄を取り払った本音の部分が結論です。
本当はもう分かっているんです。
周囲の大人が、これに水を差してはいけません。
ところが邪魔が入ってくるのです。
次に挙げる言葉は、本当によく耳にします。
- 女の子だから、そこまで勉強しなくてよい。
- うちは勉強ができない家系だから。
- 上の子に比べたら、そんなにできる子じゃない。
- 頑張らせても結果が出なかったら立ち直れない子です。
- 今年の生徒はレベルが低い。
子供どうしで色々と言い合うのはあたりまえですが、ここでは大人の言葉について、あるあるを列挙しました。
何度も言いますが、これらは全て実例です。
しかも、とてもよく耳にします。
そして、
1は性差別です。
5は学校の先生によるレッテル貼りです。
ここに挙げている項目は、まだまだ日本社会の中では、違和感がないくらい普通に言われています。
日本では空気のように普通に蔓延している言葉ですから、言った人を安易に責めることはできません。
責めても解決しません。
私だって、気を付けないと、言ってしまうかもしれません。
これは一人一人の大人が気を付けて、少しずつ日本を良くしていくしかないでしょう。
貧困の定義のしかたの1つに「意志の剥奪」があります。
子供の意志に関係なく、周囲の大人が勝手に決めつけたり、差別したりしている、という意味では、大人による悪意なき意志の剥奪、つまり子供の貧困、と言えるでしょう。
これは大人が相当に注意していくしかないのです。
こうした発言は、ぜひ撲滅していきましょう。
志望校を決めている子供に対して、やってはいけないことです。
子供が見栄を張るのは、実は防衛策だったのです。
なんだか涙が出てきませんか?
1学期は背伸びして良し!
確かに本人の本気度を確認する必要はあります。
しかし、その中に上記のようなものは不要です。
見栄を張って見せるのも、時には、広い意味では勉強です。
しかし、それは志望校を決めるのには使えないスキルです。
もっと大切なことを優先して欲しいと導く必要があります。
志望校があるなら、まず正直に書いた方が良いよ。
「これから志望校に向けて頑張りたいんです!」
という宣言みたいなものだから。まずは本音のところを学校の先生や親に伝えないと。
もちろん、先生によっては「難しいぞ!」と言うかもね。
僕も言っているかもしれないね。
でも、それは「あきらめろ」という意味じゃなくて「本気を見せろ」っていう意味だよね。だから志望校を宣言したら、それなりの頑張りを点数や態度で見せないといけない。
そうすれば必ず応援してくれるから。
おどし文句の1つや2つくらいで引いてはいかんよ。今は背伸びしても難しいと思うくらいの目標でちょうどよいよ。
頑張れるだけ頑張って、最後の最後でどうするか決めればよいから。
でも、それを決めるのは、まだ先、冬になってからの話だよ。本気で頑張ったら、結果はどうであれ後悔しないもんだよ。
でも手を抜いたら絶対に後悔するよ。
手を抜かないために、少し背伸びするくらいの目標設定が、今はちょうどいいんじゃない?
努力の訓練には勉強が最適
勉強は、自分さえ努力すれば結果が変わります。
もちろん成績を上げることは簡単ではありません。
しかし「自分の努力次第」という意味では、分かり易いミッションです。
意外ですか?
でも考えてみてください。
たとえばバレー部やブラスバンド部で優勝を狙う場合はどうですか。
自分だけが努力しても優勝できません。
仲間や環境の影響が大きいのです。
たいていは思い通りの結果にはならないでしょう。
世の中の大半のことは、自分の努力だけでは結果が変わりません。
難しいことが多いのです。
ところが勉強は、自分だけが努力すれば良いのです。
問題解決としては、もっとも単純な因果関係ですよね。
ですから、努力を訓練するのに、ちょうど良いのです。
そして、勉強したことは、自分の血肉になります。
最近は、定員割れや私立推薦枠の拡大で、無理勉をしない子の割合が増えています。
それほど勉強しなくても、入学できる入り口が拡大しています。
自分の見栄を守る「保険」が掛けやすくなっています。
推薦こそ、勉強の代わりに何を頑張っているのか、強烈に問われます。
たいていのことは勉強よりも難しいことです。
入学後は、もっと努力をする必要があります。
そこは勘違いしないでください。
結局どうすればよい?
本音を隠して志望校を書いたら、何かまずいのでしょうか?
少なくとも良いことは何もないでしょう。
担任の先生は、生徒が志望する高校について調べ始めています。
その努力が無駄になるわけですから、先生が協力したくても、できなくなります。
とはいえ、まだ1学期です。
書き直しは簡単にさせてもらえるでしょう。
一番良いのは、学校の先生に素直に打ち明けて、書き直させてもらうことです。
生徒が色々考えて悩んでいる姿を、むげに扱う先生はいないでしょう。
心配して何か言うかもしれませんが、そこは熱意を見せるところです。
志望校に多少無理があっても、ことあるごとに、
「よく頑張りました」
と褒めてあげるのが教育ですよね。
勉強で無駄な努力なんて、ありませんよ。