プログラミング教育は子供にドラえもんを与えること

プログラミングしている様子の写真

プログラミング教育が必須化される!

何だか難しそうですね。それでは、

子供にドラえもんを与えて将来性を広げましょう!

と言われたらどうでしょうか。
おそらく、多くの人が賛成すると思います。

「ドラえもんと仲良くしよう」みたいな教育がプログラミング教育だと思った方が、むしろ正しいです。

ところが実際には大きな誤解や警戒があります。
今回はその誤解を解くだけでなく、
プログラミングで子供の可能性が広がることを説明したいと思います。

プログラミングは専門家だけのものじゃない

ドラえもんは日本語が話せて気持ちも理解してくれます。
だから何かやりたいことがあれば、

「ドラえも~ん、ねぇ、何とかしてよぉ。」

と言えば、仕事でも遊びでも自由研究でも、希望のことをやってくれます。

もしも、ドラえもんが故障して、
キーボードとマウスでしか会話できなくなったらどうでしょう?

のび太くんは何とかして、キーボードとマウスを使い、
ドラえもんとコミュニケーションを取れるように努力するでしょう。
なぜなら、ドラえもんのことをよく知っているからです。

のび太くんは天才プログラマーなどではありません。
むしろ、ちょっと抜けたところのある小学生です。

ドラえもんはそこにいる!?

言葉をしゃべれなくなったドラえもんが、ただ黙って座っている。
その前を多くの人が素通りしている。

現代のパソコンやネット上のコンピューターは、
たとえるなら「無言のドラえもん」です。

子供たちはもちろん、教育に携わる多くの人たちは、
コンピューターに何ができるのか、よく知りません。
たとえ、かなり凄いことができたとしても、
そもそも知らなければコンピューターとお話ししたいと思えないでしょう。

それが今の日本です。
日本のコンピューター教育は、世界の中で、とてもとても遅れています。

だからコンピューターの使い方を早く学んで欲しいと思います。

コンピューターを身にまとう!?

勉強が苦手なら、部活を頑張ってスポーツで活躍すればよいのでしょうか?
スポーツで活躍できる人は、いったい何人に1人の才能なんでしょうか?

勉強も部活もできなかったら、どうしたら良いのでしょうか?

のび太くんは、勉強もスポーツも苦手です。

暗記が苦手だけど考古学をやりたい。
計算が苦手だけど銀行の仕事がしたい。
物理学の点数は低いけど建築家になりたい。

こういう生徒を今まで何人も見てきました。

何か1つでも苦手なことがあったら、他のことも諦めてしまうのでしょうか。
今までは、そういう事が多かったと思います。

しかし、コンピューターを使いこなせれば、
自分の苦手なことをコンピューターにやってもらって、
自分の能力を補うことができます。

反対に、勉強ができたとしても、
例えばコミュニケーション力で困る場合があります。
人に良い提案ができる能力があったとしても、
コミュニケーションが苦手で、その能力を発揮できないのは勿体ないです。

人工知能とジャンケンをしていると、最後には決して勝てなくなるそうです。
ジャンケンを出す直前の表情や筋肉の動きなどをコンピューターが学習してしまい、
次に何を出すのか読まれてしまうからです。

この様なコンピューターを使いこなして、
相手の表情を読んでもらったり、空気を読んでもらうようにすれば、
コミュニケーションが苦手な人でも、もっと人と関わって活躍できるようになるでしょう。

小学生の生徒たちが大人になる頃には、そのようなコンピューターが増えていると思います。

コンピューターを使いこなせれば、
自分らしい能力で、自分らしく活躍できるようになる!
そういう可能性が、今よりももっと広がると思います。

できない事が恥ではなくなる!

コンピューターに苦手なことを任せるようになると、
価値観の大転換が起こると、私は予想しています。

子供が「できない」ことを隠したがるのは大人が悪い

今までは、いや今でも、
テストで悪い点数を取ると学校の先生や親から怒られてしまうケースが多いです。

本当は、できないことをオープンにして、早く何らかの手を打つのが理想です。
しかし、できないことが怒られること、恥じるべきことだと思わされていて、
なかなか人に「できなかった」「まちがえた」と言えません。

子供が点数を隠したり、できなかったことを報告できないのは、
周囲の大人が間違った価値観を植え付けてしまっているからです。
完全に大人の責任です。

成績が上がる子は、自分ができないことを積極的に話すことができます。
会社で業績を伸ばす人もそうです。

「できない」と言えた方が褒められる価値観

自分にできないことをコンピューターに任せるようになると、
自分にできないことが何かを具体的に考えるようになります。

逆に自分にできないことを、早く説明できた方が、
早くコンピューターを使いこなして、早く結果を得ることができます。

これからは、できないことをハッキリ言える方が褒められるようになります。

更に、できないことが何か説明しようと考えているうちに、
はっと気が付いて、できるようになってしまうことも起こります。

コンピューターを使いこなすという事は、能力を諦めることではありません。
むしろ苦手な分野のことにも刺激を受けて、新しく開花する能力も出てくるでしょう。

勉強ができない人ほどプログラミングを学ぶべき

そもそも人間は、

大量に暗記したり、
素早く正確に計算したり、
集中力を切らさずに考え続けたりする、

ということが苦手です。
今までは、これらを人よりもできるように努力するのが勉強でした。
たくさん覚えれば成績が上がり、正確に計算できれば成績が上がりました。

そして弁護士や医者、政治家など、いわるゆ「先生」と呼ばれる職業の人たちは、
普通の人よりも、こうした種類の能力が格段に鍛えられています。
並大抵の努力や鍛え方では手に入らない能力です。

だから多くの人は、この種の職業を諦めてきたか、最初から興味を持ちません。

しかし、暗記も計算も、集中力の持続も、コンピューターは大の得意です。
得意どころか、人間の何億倍もできますし、24時間365日、文句の1つも言いません。

だからコンピューターのサポートによって、今後はもっともっと多くの人の中から、
弁護士や医者、政治家といった人たちが誕生してくるように変わるでしょう。

これらのような、極端に能力が高い職業にも成れる希望が出てきます。
ならば、たいていのものにだって成れるでしょう。

成りたい自分に自由に成れる時代が来る。
多くの人の手で社会の問題が解決されるようになる。

コンピューターを使いこなして、そのような夢のある社会になっていくでしょう。

技術後進国の日本をどうにかすべし

上で書いたことは、
「もしも、ちゃんと日本人がプログラミングを学んだら」
の話しです。まだまだ、たらればのお話です。

現在、わたしたち日本人は、

アマゾンで買い物をしたり、Googleで検索したり、
アンドロイド端末やiPhoneでSNSを楽しんだりするたびに、
それらを開発した国々に莫大なお金を支払っています。

たとえ日本のメーカーが作ったスマホやパソコンを使ったとしても、
使えば使うほど、海外の企業が儲かるようになっています。
根本的な技術のほとんどが、アメリカ、ヨーロッパ、中国の製品で占められています。

さらに追い打ちをかけるようですが、

海外の子供たちは10年も前からプログラミングを学び始めています。
あと5年もすれば、彼らは社会人となり、
世界中でコンピューターを使いこなして活躍し始めるでしょう。

すると、海外の優秀な人たちが、コンピューターを使って、
日本の仕事までやってしてしまうかもしれません。

他国に比べ、資源も農業生産も圧倒的に不利な日本。
このままでは生きる糧を失ってしまいます。

それを今から何とかしましょう!
このままじゃヤバイ!

と焦って政府が進めているのです。
それがプログラミング教育の必須化なんです。

海外では10年前から既に取り組んでいます。
本当は、明日からでも取り組みたい教育改革なんです。

まとめ ドラえもんは君を待っている!

10年の遅れを取り戻す勢いで、
日本はコンピューターを使いこなす教育を進めていかねばなりません。

そしてコンピューターを使いこなすからこそ、
自分の苦手なことや欠点を回避して、
より多くのチャンスをつかめるようになるのです。

無言で座っていたコンピューターという名前のドラえもん。
これまで日本人は積極的に話しかけてきませんでした。
そして子供たちにも話し方を教えてきませんでした。

海外の小学生や中学生が一足先にドラえもんとコミュニケーションを取り始めました。
何年か遅れて、ようやく日本の学生たちもドラえもんとしゃべれるようになった時、
そのドラえもんは、誰のために動いてくれるでしょうか。

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