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模範解答

進化のカギ!?最適解リテラシーを試されているのかも?

最適解リテラシー640_480

塾長です。

今日は雨です。
待望のアトラス彗星は崩壊して暗くなってしまったようです。
そんな悲報を聞いてしまうと、まぁ、雨でも良いと思ってしまいます。

とりあえず人並に愚痴を言わせてちょうだい

ここしばらく人間らしい文章を書いて来なかった気がします。
情報を取捨選択する、集約して伝える、マニュアルに仕立てる・・・
コロナの対応や行政指示への対応に追われた毎日でした。

まるでコンピューターにでもなったかのようでした。
来る日も来る日も、情報の渦に飲まれては飲みこみ、を繰り返していました。
ここ最近書いたブログの記事なんて、どれもひどいものばかり。

塾らしい文章なんて、ぜんぜん書けていません。
ZOOMの使い方やオンライン授業のやり方について書いたブログばかりです。
もう、すっかり学問からほど遠い内容が並んでいますよ。

そんな記事に対しても、一部の塾生や他の塾の先生方から
「解りやすい」
「助かった」
などとお褒めいただきました。

教育者としての本分ではなかったにしろ、褒められれば嬉しいものです。
これは不幸中の幸いでした。
そうした喜びが私を人間に戻してくれていたのかもしれません。

コロナのやつ、早く片付いてくれ!

そう思います。

コロナから学ぶことは多い

さて、そんな大迷惑なコロナ野郎ですが、ヤツらは私たちに色々な挑戦を突き付けてきました。

  • 在宅勤務できない会社は生き残れない
  • オンライン指導できない塾は生き残れない

このような極論を好む人も出てきました。
確かに技術的な挑戦を突き付けられたのは事実でしょう。

しかし塾長は、むしろ文化的な面の方が気になっています。それは、

  • 最適解リテラシーが無い人は生き残れない

という方が本当ではないかと個人的に思うわけです。

「最適解リテラシー」を流行らせたい!?

ここで

「最適解リテラシー」

という言葉は、たった今、塾長がほろ酔い気分で作りました。
3密厳禁なので、独りでビールを飲んでいるわけなんですけれど。

なぜ、こんなことを言い出すかと申しますと、それは

「コロナ対策には正解がない!」

という現実に、日々直面しているからでございます。

例えば、

来週は教室を開けた方が良いのか、閉めた方が良いのか・・・

ということを決めなければいけなかったわけです。

全員が違う答えを持っている

他の塾はどうしているのかな、と聞いてみました。
しかし、本当に、もう、10人いたら、10人がみんな違うことを言うんですよ。
情報を集めれば集めるほど、考えれば考えるほど、どんどん決められなくなってくるんです。

むしろ情報が少ない人の方が決断しやすかったんじゃないでしょうか。

閉めても正解?
開けても正解?
オンラインが正解?

それで結局、私はどうしたかって?

もうキレてしまって「全ての正解」を並列に実行したんですよ。

  • 対策したうえで通っていただく
  • お休みして、学校が再開した後に振り替えていただく
  • オンライン授業に切り替えていただく

3つの選択肢を用意して、こちらとしては全部を並列で対応することに決めました。

保護者様のご要望も、本当に3者三様。温度差も、お困り具合も、みんなそれぞれでした。

それからは準備が大変でした。
連日連夜、夜中2時とか3時とかまで準備作業に追われました。

振替の調整、講師シフトの見直し、ZOOMの勉強、それをご家庭や講師に説明できる資料の作成、講師研修などなど・・・

しかも、それらをメンテナンスするイベントが次々に起こります。
政府がどこに緊急事態宣言、愛知県が独自に緊急事態宣言、名古屋市が休校延期、政府が全国に緊急事態宣言・・・

死ぬかと思いました。

あれ、また愚痴になってた。
ダメですね。
ここから愚痴禁止です!

持続可能でない取り組みは不正解?

まぁ、愚痴を言うくらいなら止めとけよって話です。
過労死になったらシャレになりませんし、経営者のそういう努力は誰も褒めてくれません。

ということで、塾長が「全部やった」という選択は持続可能な取り組みではありませんでした。

長い目で見たら、私が取ったこの行動は不正解です。

視点を変えれば不正解も正解

じゃぁ、完全に不正開花と言えば、そうでもないのです。

模範解答が無いように、完全な間違いというのもないのですよ。

保護者様の価値観やご家庭の事情はさまざまで、みんなの行動をすぐに1本化することはできません。
必ず移行期間というものが必要になります。
だから選択肢を用意できたことは、ご家庭での混乱を最小限にできたのだろうとは思います。

ですから短期的に見れば、私の行動は、正解の1つになるわけです。

塾長にとっては、ZOOMの使い方やオンライン授業のノウハウを身に着ける勉強にもなりました。

ですから塾長的には、長期的に見ても正解になるわけです。

本当に問われていること

要するに、

誰も「模範解答」を言えない中で「最適の解答」を出せるのか?

それが問われたわけです。
そして今でも問われ続けているのですけれど。

多数決で49:51になったらどうしますか?

みなさんは、国会とか政治とかって、

「どうしてあんなに話が進まないんだろう・・・」

などと疑問に思ったことはありませんか?

議員さんたちは国民の代弁者ですから、どの議員さんの意見も、それぞれに正しいわけです。
誰もが正しい主張をするもんだから、基本的に、まとまらないんです。

どんなに意見調整をしたって「賛成100:反対0」にはなりません。
むしろ議論が深まれば深まるほど「賛成51:反対49」に向かうのかもしれません。

だから決まる時は、それこそ揉みくちゃになります。

実は塾長がサラリーマンだった時に、役員の方から正にそうしたアドバイスをいただいた記憶がありました。
会議が全然まとまらなくて、飲み会の時に愚痴をこぼしていたら、

「君、リーダーの仕事がそれだよ。賛成51:反対49になった時に決断して責任を取る事だよ。」

ってね、そう言われました。

人工知能は模範解答を示し、人間は最適解を示す時代

酔いも冷めてきたので、そろそろまとめます。

今回の新型コロナウィルス(COVID-19)の対応について、色々な人たちが色々な対応をしています。
色々な立場の人たちが、色々な決断をしてきました。

きっと、それらは全て正解なのだと思います。

模範解答は誰も知りません。
正解があったとしても1つではありません。
自分で決めるしかありません。

だとすれば、私たちがすべきことは何でしょうか?

塾長は、

「今は最適だと思っている答えを、さらに磨いていく。」

結局のところ、人間に残されている行動は、この1点だけに収れんしていくのではないかと思います。

最適解を磨く時代に批判は価値があるのか?

そう考えて来て、最後に1つ大きな疑問が立ち上がってしまいました。それは、

これからの時代に「批判」は価値があるのかどうか?

です。
批判をする行為は、存在しないはずの「模範解答」を期待している行為に見えます。

だとすれば、それは無駄な行いなのではないか?

そんな風に思えてきてしまうのです。

実際、今は批判をする人に批判が集まることが起きやすいです。
野党が与党を激しく非難しても、支持者が増えない現実があります。

もちろん、批判は健全な民主国家には必要だという意見が正常であり、正しいと思います。

例えば、コロナ問題で経済的な対策として、牛肉券ではなく10万円給付が決まったのは、国民による批判の成果だと喜ぶ声があります。
もちろん、それはそうなのでしょう。

ただし、それは牛肉券 VS 現金支給、という代案ありきの構図だったからこそ、そう言えたのではないでしょうか。

つまり代案無き批判には、やはり価値がないのではないかと思うのです。

塾長はテレビや新聞を見ては、いつも思ってきたことがあります。

  • どうして批判する人は、提案をしないのだろうか?
  • どうして大卒の人の割合が増えているのに、提案できる人の割合は増えないのだろうか?
  • どうして批判の中に嘘や極論が混じりやすいのだろうか?
  • どうしてテレビは専門家でもない素人にコメンテーターをさせているのか?
    (代案を示せない人にコメントさせて時間を無駄にするのか?)
  • 1つの批判をする間に10個の解決案を集められる。もう、そういう時代なのではないか?
  • すべての解決案を並べて比較する議論をどんどんすればよいのに、なぜしないのか?
  • 語尾に「ない」や「は嫌い」をつければ批判できてしまう、その不毛さになぜ気づかないのか?
    (否定には創造性が不要で、肯定には創造性が必要であることに、なぜ気づかないのか?)
  • 本当に批判は今でも必要なのだろうか?

コロナ問題への対応を考えてきた時、それは実感に変わりました。

模範解答なんて無いのに、それでも正解がたった1つだと信じ込んでいる

何か混乱があるとすれば、これが諸悪の根源ではないでしょうか。
塾長は、そのように思うわけです。

模範解答が用意されているような問題。例えば、

計算で導く事ができる。
論理的に1つに帰結できる。
確率的にもっとも可能性の高いものを示すことができる。

そのような問題は、コンピューターが最も得意とします。
こうした領域の仕事があったとしても、遅かれ早かれ、コンピューターやロボットに役割が移るでしょう。

学校の勉強や問題集の多くは、模範解答があります。
ですから学校の勉強もコンピューターがサポートしていくのは想像しやすいです。

しかし、それはあくまでも初等教育までです。

たとえコンピューターが先生だとしても、私たちは人間なのです。
だからコンピューターに成ることを目指してはいけません。

生身の人間が、コンピューターに速さや正確性で挑戦するのは無謀です。

必ず、その次のステップに行かなければなりません。

「模範解答がない問題にチャレンジする!」

という次のステップに行く必要があるわけです。
そういう運命が待っています。

人間らしい活動とは、速さや正確さを追求する事ではないでしょう。
最適解を決断し、そして次の最適解をもっと良くするように努力することだと思うわけです。

最適解を求めて実践し、改善もさせるような教育を早く!

うわー、まとまらねー。

えーと、つまり、そのー・・・。

模範解答を速く正確に大量に出すようなことは、コンピューターを使うことで解決しましょう。
人間が手作業でやって消耗しないこと!

そして、

人間は、最適解を求め、まずはそれで実践したうえで、更に最適解を磨くこと!

そうやって世の中は進化していくのでしょう。

批判する暇があったら、最適解を磨け!

つまり、

愚痴を言っている自分に反省ですな!

 

外出は自粛ですが、みなさん、よい週末を!

 


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